所長ブログ

2012年12月23日 日曜日

[書評]宇野弘蔵 「経済原論」(岩波全書)

 書評の3冊目は、元東京大学の教授であった故宇野弘蔵氏の『経済原論』(岩波全書)です(なお、本記事は、書評ですので、これ以後は、「です」「ます」調ではなく、「だ」「である」調で書きます)。この本は、序の3頁において、「根本において『資本論』から学んだもの」と書かれているように、マルクス経済学の本である。

 今回、この『経済原論』を読むことにしたのは、新自由主義、即ち、資本主義の純粋化が生じている中で、資本主義の本質は何かを考えてみることが必要な時期なのではないか、そして、そのためのヒントになる何かがマルクス経済学にあるのではないかと考えたからである。

 もっとも、社会主義国家の頭目であったソビエト連邦が崩壊したのが、1991年12月であるから、既に21年になる。社会主義国である中華人民共和国やベトナム社会主義共和国は、既に市場経済を採用し、少なくとも経済的には資本主義体制をとっていると言えるだろうし、朝鮮民主主義人民共和国は、金王朝の封建制とみる方が実態に近いように思われるので、社会主義を継続している(ように思える)のは、実質的にはキューバぐらいであろう。ただ、「イデオロギー」としてのマルクス主義の意義は、もはやないと思うが、「科学」としてのマルクス経済学まで、意義を失ったとは思わない。この点、宇野氏は、「『資本論』をイデオロギーの書として、これを如何なる批判に対しても、擁護しようというのは、これを読みもしないで排撃するのと同様に『資本論』の偉大なる科学的業績を現代に生かすものではない」(序の4頁)と述べて、あくまで社会科学としての経済学を目指しているところからも、「マルクス主義」の経済学ではなく、資本主義の分析としての「マルクス経済学」を学ぶには適切な本だからである。実際に、この『経済原論』は、無批判に、マルクスの『資本論』に従うものではなく、巻末には、「本書で採りあげた『資本論』における問題点」という索引が附されており、マルクス経済学を理論的に深化させようする本である。

 実は、当職は、慶応大学経済学部の学生であった14年前、経済原論Ⅲという講義があり、マルクス経済学の基礎を勉強したことがある。しかしながら、正直言って、何も頭に残らなかった。いや、そもそも何を言いたいのかも分からなかった。

 しかし、今回、宇野氏の『経済原論』を読むと、商品を分析のスタートにおくマルクス経済学が、「労働力の商品化」というマルクスの切り口を基礎にすると、「労働力自身は、資本によって生産されるものではない。労働者自身によって再生産されなければならない」(48頁)ものであるのもかかわらず、資本は、購入した労働力という商品を「価値増殖という無制限なる欲望の対象」(67頁)とすることで、労働力を使い潰そうとする欲求が含まれること、「土地自身が資本としての生産手段と異なって労働の生産物でない」(181頁)、即ち、土地のような環境は資本が再生産できないものであるという根本的な事実があること、資本主義が、原理的には、「あたかも永久的に繰り返えすかの如くにして展開する」(226頁)ことが、理論的に分かる。

 ここから考えると、価値増殖という無制限なる欲望を持っている資本を中心とする資本主義は、資本によって生産できない労働力や土地のような環境を使い潰すまで、自律的に、永続的に回っていくシステムであるというのが、当職の結論となる。しかしながら、労働力や環境を使い潰すということは、人類の滅亡に外ならない以上、使い潰すことを許すわけにはいかない。

 社会主義が失敗したことが、資本主義が最良のシステムであることを意味するものでない以上、人類は、資本主義をどのように変えていくのが良いのかを考えなければならないと思われる。

 なお、この本の形式的な使い勝手の良さとして、各頁の余白が結構広いことがある。必要に応じて、考えたことや調べたことを、余白にメモできることも、基本書としての利用を容易にし、情報の集約を容易にしてくれる。

 
 あと、もう一冊の書評も書きますので、お読みいただければ幸いです。

林浩靖法律事務所
弁護士 林 浩靖

投稿者 林浩靖法律事務所

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